2025年10月26日
革靴は命の器である
――西成の下町工場より――
靴をつくることは、命をつなぐこと。

かつて大阪・西成には、数えきれないほどの婦人革靴工場があった。
しかし今や、その灯はひとつ、またひとつと消えていく。
安価な靴が市場を席巻し、中国製の品質にも追いつかれ、
職人たちは静かにハンマーを置いていった。
私たちの業界は、いま「努力では届かない時代の流れ」と向き合っている。
それでも私が、いまだこの地で靴を作るのは――
“革靴は命の器”だと信じているからだ。
革は、家畜の副産物である。
人のために一生を終えた命のかけらを、
私たちは手のひらで温め、形に変える。
その革に、履き手が、靴として新たな景色を見せてあげる。
それが、せめてもの供養であり、感謝のかたちだと思っている。
しかし、この想いはなかなか広がらない。
革靴の良さも、職人の手間も、
SNSの波にかき消されてしまう時代だ。
それでも私は、百年企業を目指すと大ぼらを吹く。
根拠はない。けれど、倒れるその瞬間まで
“ファイティングポーズ”だけは崩さないと決めている。
そんな中、今年10月24日、初めて地域の小学校――まつば小学校の三年生たちが
社会授業の一環で工場見学に来てくれた。
二十数名の子どもたちが、真剣な眼差しでスタッフの手を見つめ、
革の匂いに鼻をひくつかせ、
「これ、牛さんの皮?」とつぶやいた。
その瞬間、私は胸の奥で小さな炎が灯るのを感じた。
妻は笑って言った。
「あなたの地域貢献は、これ止まりやね」
確かにそうかもしれない。
でも、あの日見学に来た子どもたちが、
いつかこの町を歩く時、
「ここで革靴を作ってたおじさんがいた」と思い出してくれたら、
それで十分だ。
命の循環を感じ、手の温もりを信じ、
地場産業に誇りを持って働く――
「他者への思いやりと足るを知る」
この精神を、次の時代に手渡したい。
M&Aでも、後継者でも、形は問わない。
大切なのは、「理念が生き残ること」だ。
革靴を、ただの履き物ではなく、
“命を歩かせる器”として作り続ける人が、
この町にひとりでも残るように。
西成の片隅で、私は今日も革を作る。
叩く音は、祈りのリズムだ。
命に、手仕事に、そして未来に――
ありがとう。
――――
松井製靴株式会社
代表取締役 松井成和